集団読み聞かせの時間をデザインする:多様な子どもの学びと参加を促す構成・進行の工夫
はじめに
クラスには、様々な背景や関心を持つ子どもたちがいます。絵本の時間は、子どもたちの心に寄り添い、豊かな感性を育む大切な機会です。しかし、集団での読み聞かせにおいては、すべての子どもが集中を維持し、絵本の世界に深く入り込むことができるよう工夫が求められます。限られた時間の中で、多様な子どもたちの学びや気づきを最大限に引き出すためには、単に絵本を読むという行為だけでなく、読み聞かせの時間全体を意図的に構成し、進行していく視点が有効です。
本記事では、保育現場における集団読み聞かせの時間を「デザイン」するという視点から、多様な子どもたちの集中と学び、そして主体的参加を促すための具体的な構成と進行の工夫について解説します。
読み聞かせ時間を「多様な学びを引き出す機会」として捉える
読み聞かせは、絵本の内容を伝えるだけでなく、言葉やイメージへの興味、他者への共感、そして自分自身の感情や考えに気づく機会となります。多様な子どもたちが集まる場では、一人ひとりの感じ方や反応も多様です。この多様性を肯定的に捉え、読み聞かせの時間を通じてそれぞれの子どもが何かしらの学びや発見を得られるように促すことが重要です。
そのためには、読み聞かせの時間を、絵本を提示する時間だけでなく、導入、読み聞かせ中、そして読み聞かせ後を含めた一連の流れとして捉え、それぞれに意図を持たせることが有効です。子どもたちの発達段階やその日のクラスの状況に合わせて、柔軟に構成を調整することも含まれます。
読み聞かせ時間デザインの具体的なステップ
1. 準備段階:絵本の選定と事前の計画
読み聞かせの質は、絵本の選定と事前の準備によって大きく左右されます。
- 絵本の選定: クラスの子どもたちの発達段階や関心に合っているかはもちろん、多様なテーマ(性別、文化、家族構成、障がい、感情など)を含む絵本を取り入れることで、子どもたちの視野を広げます。予算に限りがある場合は、既存の絵本の中から多様な視点を見出せるものを選んだり、図書館や地域の資源を活用したりすることも有効です。
- 事前の読み込み: 声のトーンや速さ、間の取り方、感情表現などを事前に計画します。登場人物の気持ちをどのように声で表現するか、子どもたちに問いかけるタイミングはいつかなどを具体的に想定しておくことで、当日の進行がスムーズになります。
- 参加の仕掛けの検討: 読み聞かせの途中で、子どもたちが声に出したり、ジェスチャーをしたりする機会を設けるか検討します。どのような形で参加を促すか、また、参加が難しい子どもへの配慮も考慮に入れます。
- 場所と時間の確保: 周囲の音や視覚的な刺激を最小限に抑えられる場所を選びます。子どもたちが落ち着いて座れるスペースを確保し、読み聞かせに集中できる時間帯を設定します。
2. 導入段階:絵本の世界への引き込み
読み聞かせの最初の数分間で、子どもたちの注意を引きつけ、絵本の世界への期待感を高めます。
- 雰囲気づくり: 落ち着いた声のトーンで話し始め、子どもたちの視線を絵本に向けさせます。絵本を見せながら、表紙やタイトルについて軽く触れるだけでも導入になります。
- 興味を引く声かけ: 「この絵、何かな?」「この動物、どんな鳴き声かな?」など、絵本の内容にゆるやかに関連する問いかけをすることで、子どもたちの関心を引き出します。ただし、答えを急かすことは避け、絵本への導入として自然に行います。
- 今日の絵本に期待感を持たせる: 「今日はね、面白いお話だよ」「みんなが知っているものが出てくるかな」など、少しだけ内容に触れて期待感を高めることも効果的です。
3. 読み聞かせ中:集中を維持し、多様な反応に対応する
子どもたちが絵本の内容に集中し、それぞれの感じ方で絵本を体験できるような進行が重要です。
- 声と間: 絵本の内容や場面に合わせて、声のトーン、大きさ、速さを変化させます。特に「間」は重要です。場面の転換や登場人物の感情の変化、次の展開への期待感など、意図的に間を置くことで、子どもたちは想像を膨らませたり、絵をじっくり見たりすることができます。
- 表情とジェスチャー: 顔の表情や手を使った簡単なジェスチャーは、言葉だけでは伝わりにくい感情や情景を補い、子どもたちの理解を助けます。ただし、過剰な表現はかえって絵本への集中を妨げる場合があるため、絵本の世界観に寄り添った控えめな表現を心がけます。
- 子どもたちの反応への対応: 子どもたちが声を出したり、指をさしたり、席を立とうとしたりするなど、多様な反応を示すことがあります。集団での読み聞かせでは、すべての子どもに個別に対応することは難しいですが、可能な範囲で肯定的に受け止めたり、優しく促したりすることで、子どもたちは安心して絵本と向き合うことができます。反応のすべてに応答するのではなく、読み聞かせの流れを大切にしながら、必要に応じて適切な声かけを行います。
- 適切な問いかけ: 読み聞かせの途中や区切りで、子どもたちに問いかけを挟むことで、内容への理解を深めたり、自分の考えを持つことを促したりできます。「〇〇くんは、どう思う?」のような個別の問いかけよりも、「この時、どんな気持ちだったのかな?」「もし△△だったら、どうする?」といった、開かれた質問を全体に投げかける方が、多くの参加を促しやすい場合があります。
4. 読み聞かせ後:振り返りと活動への移行
読み聞かせで得た気づきや感動を共有し、絵本の世界をさらに広げる時間です。
- 内容の振り返り: 「このお話に出てきたのは誰かな?」「一番心に残った場面はどこ?」など、簡単な問いかけで絵本の内容を振り返ります。子どもたちの自由な発言を促し、それぞれの感じ方を認め合える雰囲気を作ります。
- 気づきや感情の共有: 絵本を読んで感じたこと、気づいたことなどを自由に話す時間を設けます。「楽しかった」「悲しかった」といった単純な感想から、「〇〇の気持ちが分かった」「△△なことに気づいた」といった深い理解まで、多様な発言を受け止めます。
- 活動への移行: 読み聞かせから発展させられる活動(例:絵本のテーマに関する遊び、簡単な創作活動、話し合いなど)がある場合は、スムーズに移行します。読み聞かせで高まった子どもたちの興味や関心を、次の活動へとつなげます。
- 絵本の世界から日常へ: 短時間で、絵本の世界から日常の保育活動へと気持ちを切り替える促しをします。例えば、「〇〇の絵本の世界はここまで。これから〇〇の遊びをしようね」といった声かけをします。
多様な子どもへの配慮と参加の促進
集団の中には、様々な特性を持つ子どもがいます。すべての子供が快適に読み聞かせの時間を過ごせるよう、配慮が必要です。
- 感覚への配慮: 大きすぎる声や急な音は、一部の子どもにとって負担となる場合があります。声のボリュームや速さを調整し、落ち着いたトーンを基本とします。視覚的な情報が豊かな絵本を選ぶ、触覚を刺激する仕掛け絵本を取り入れるなど、多様な感覚に対応できる絵本を選ぶことも有効です。
- 参加の多様性: 声に出して反応する、手を挙げる、じっと絵本を見つめる、体を揺らすなど、子どもたちの参加の形は多様です。すべての子どもが同じように反応することを求めず、それぞれの形で絵本に関わっていることを肯定的に捉えます。静かに聞いている子どもにも、時折視線を送るなど、存在を認めるサインを送ることが大切です。
予算の制約下での工夫
新しい絵本をたくさん購入することが難しい場合でも、読み聞かせの質を高めることは可能です。
- 既存絵本の深掘り: 一つの絵本から多様な視点やテーマを見出す読み方を工夫します。例えば、登場人物の気持ちの変化、背景にある文化や環境、絵の細部に描かれた情報などに着目することで、同じ絵本でも何度も新しい発見を子どもたちにもたらすことができます。
- 関連情報や活動の付加: 絵本のテーマに関連する歌や手遊びを導入に取り入れたり、簡単な工作や描画活動を読み聞かせ後に行ったりすることで、絵本単体ではない豊かな学びの機会を創出できます。インターネットや書籍から、絵本の背景情報や関連活動のアイデアを探すことも有効です。
まとめ
集団での読み聞かせは、多様な子どもたちが一堂に会し、共に一つの物語世界を体験する貴重な時間です。この時間を単なる「絵本を読む時間」としてだけでなく、「多様な学びと主体的参加を引き出すための時間」として意図的にデザインすることで、読み聞かせの効果をさらに高めることができます。
絵本の選定から、導入、読み聞かせ中の進行、そして読み聞かせ後の振り返りや活動への移行まで、それぞれの段階に丁寧な計画と柔軟な対応を取り入れることで、すべての子どもたちが安心して絵本の世界に浸り、それぞれのペースで多様な学びを得られる環境を整えることが可能になります。読み聞かせの時間デザインの工夫が、子どもたちの豊かな成長を支える一助となることを願います。