感覚・発達特性に合わせた絵本選びと読み聞かせ:個々の感じ方に寄り添う保育実践
多様な子どもたちが絵本を楽しむ時間
保育現場では、一人ひとりの子どもが異なる個性や背景を持っています。その中には、特定の感覚に敏感であったり、情報の受け取り方や処理の仕方に違いがあったり、集中力の持続に特徴があったりする子どももいます。こうした感覚や発達特性の多様性は、絵本の時間を共に楽しむ上で、いくつかの課題を提示することがあります。
例えば、大きな音に驚いてしまう、たくさんの情報が一度に提示されると混乱してしまう、体の動きを止めて座っているのが難しい、といった状況が考えられます。すべての子どもたちが絵本の世界に安心して入り込み、共に豊かな時間を過ごすためには、絵本の選び方や読み聞かせの進め方に、個々の感じ方に寄り添う工夫が必要となります。本記事では、感覚や発達特性の多様性を持つ子どもたちも絵本の時間を楽しめるようにするための、具体的な絵本選びの視点と集団での読み聞かせテクニックについて解説します。
感覚・発達特性とは
ここでいう感覚や発達特性の多様性とは、子どもたちが外界からの情報(見る、聞く、触れる、など)をどのように受け取り、処理し、それに基づいて行動するかに見られる個人差を指します。これは優劣ではなく、生まれ持った脳の特性によるものです。
- 感覚の多様性: 特定の音や光、手触りに過敏に反応したり、逆に反応が鈍かったりすることがあります。
- 情報の処理: 一度に複数の指示を聞き取るのが難しい、絵と文章を結びつけるのに時間がかかる、といった特性が見られることがあります。
- 集中の特性: 興味のあることには深く集中する一方で、そうでないことには注意を向け続けるのが難しい場合があります。
- 体の動き: 微細な動きや大きな体の動きに特徴が見られることがあります。
これらの特性は、集団での絵本読み聞かせの際に、子どもたちが座って聞くこと、内容を理解すること、絵本の世界に没入することに影響を与える可能性があります。しかし、適切な配慮を行うことで、絵本の時間はすべての子どもにとって発見と喜びの機会となり得ます。
感覚・発達特性に配慮した絵本の選び方
すべての子どもがアクセスしやすい絵本を選ぶことは、多様性を尊重する保育の第一歩です。以下の点を絵本選びの参考にしてください。
- シンプルな絵と構成: 一度に多くの情報が提示されない、絵がシンプルで視覚的に分かりやすい絵本は、視覚過敏のある子どもや情報の処理に時間がかかる子どもにとって安心できる場合があります。
- 繰り返しの多い物語: 予測可能な展開や繰り返しの言葉が多い絵本は、物語を追いやすく、安心して楽しむことができます。言葉の発達段階にある子どもにも適しています。
- 触覚や音に訴える絵本: 触って感触を楽しめる絵本や、仕掛けがあって音が出る絵本は、複数の感覚を通して絵本に触れる機会を提供し、視覚や聴覚からの情報処理が苦手な子どもも異なる感覚で楽しむことができます。
- 多様なキャラクター: 感覚や発達特性を持つ、あるいは異なる方法で世界と関わるキャラクターが登場する絵本は、子どもたちが自分自身や他者の多様性を理解する手助けとなります。
- 適切な情報量: 年齢や発達段階だけでなく、個々の子どもの特性に合わせて、物語の内容や言葉の量が適切か考慮します。短い話や、区切りやすい話を選ぶことも有効です。
- 予算を考慮した選び方: 新しい絵本を多く購入することが難しい場合でも、一つの絵本から多様な読み方や活動の可能性を見出す視点を持つことが重要です。また、地域の図書館や絵本専門の施設を活用することで、様々な特性に配慮した絵本に触れる機会を増やすことができます。
個々の感じ方に寄り添う集団読み聞かせテクニック
集団の中で、個々の感覚や発達特性に配慮した読み聞かせを行うためには、事前の準備と読み聞かせ中の柔軟な対応が鍵となります。
- 環境の調整:
- 場所: 座る位置を選べるようにする、刺激の少ない壁際や特定の場所に座席を設ける、必要に応じてパーテーションなどで物理的な区切りを作ることも検討します。
- 照明と音: 直接的な強い光を避ける、外からの騒音を軽減する、読み聞かせ中の声の音量を調整するなど、感覚過敏な子どもに配慮します。
- 読み聞かせ中の工夫:
- 声のトーンとペース: 一定のリズムや穏やかな声のトーンは安心感を与えます。急な声の変化や大きな音は避け、物語の展開に合わせてペースを調整し、情報の処理に時間が必要な子どもにも配慮します。
- 視覚的なサポート: 絵をゆっくり見せる時間を設ける、重要な場面では絵本を固定して皆が見やすいようにする、身振りや手振りを加えて言葉の意味を補強するなど、視覚優位の子どもにも分かりやすく伝えます。
- 触覚や小道具の活用: 絵本に出てくる物(動物のぬいぐるみ、布など)を実際に触れる機会を設けることで、絵本の世界への没入を助け、感覚的な満足感を提供します。
- 子どもへの問いかけ: 一方的に読むだけでなく、子どもたちが応答しやすい短い問いかけを挟みます。「これは何かな?」「どんな気持ちかな?」など、簡単な言葉で答えられる、あるいはジェスチャーや指差しで示せる問いかけが有効です。応答には正誤よりも、子どもが絵本に関心を示したことを肯定的に受け止める姿勢が大切です。
- 柔軟な姿勢: 集団での読み聞かせ中も、必要に応じて個々の子どもに声かけをしたり、そっと寄り添ったりします。座って聞いているのが難しい子どもには、立ちながらでも絵本が見える場所を用意するなど、無理強いせず、その子なりの形で絵本に関われるように促します。短い時間で区切って行う、途中で休憩を挟むといった工夫も効果的です。
絵本から広がる活動アイデア
読み聞かせで終わらず、絵本の内容を深めたり、子どもたちの多様な表現を引き出したりする活動に繋げることも有効です。
- 感覚遊び: 絵本に出てくる手触りや音に関連した素材(例えば、毛糸、砂、水、落ち葉など)を使った遊びを取り入れます。絵本の世界を五感で体験することで、理解や印象が深まります。
- 体の表現活動: 絵本の登場人物の動きや気持ちを、言葉だけでなく体全体で表現する活動です。体の動かし方に特徴がある子どもも、自分のペースで参加しやすい形で行います。
- 描画や工作: 絵本で心に残った場面やキャラクターを絵に描いたり、粘土や積み木などで立体的に表現したりします。言葉での表現が苦手な子どもも、視覚や触覚を通して自分の内面を表すことができます。
- 音を使った表現: 絵本に出てくる音を声や楽器で真似したり、絵本の雰囲気に合わせたBGMを選んだりします。音に敏感な子には、優しい音色や音量に配慮します。
まとめ
多様な感覚や発達特性を持つ子どもたちがクラスにいることは、絵本の時間を通して、すべての子どもたちが互いの違いを認め合い、豊かな感性を育む貴重な機会でもあります。今回ご紹介した絵本選びの視点や読み聞かせの工夫は、一部の子どものためだけではなく、クラス全体の子どもたちが絵本をより深く、安心して楽しむことにも繋がります。
一人ひとりの子どもの感じ方や反応を丁寧に観察し、寄り添う姿勢を持つことが最も重要です。これらの実践が、子どもたちが絵本の世界を通して、自分らしく安心して過ごせる保育環境の一助となることを願っています。