多文化共生社会につながる絵本:異なる文化背景を持つ子どもへの配慮と読み聞かせ
絵本で育む多文化理解と共生への第一歩
近年、私たちの社会はますます多様化しており、保育現場においても、様々な文化や背景を持つ子どもたちが共に過ごす機会が増えています。このような環境において、すべての子どもたちが自分らしく安心して過ごし、同時に互いの違いを認め合い、豊かな関係を築いていくためには、意識的な働きかけが不可欠です。絵本は、子どもたちが多様な世界に触れ、他者への理解や共感を育むための有効なツールとなります。
しかし、多様な文化背景を持つ子どもたちがいるクラスで、どのような絵本を選べば良いのか、また、集団での読み聞かせでどのように配慮し、子どもたちの興味や理解を引き出せば良いのか、さらに限られた予算の中でどのように絵本を取り入れていくのかといった課題を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、「多文化共生」をテーマにした絵本の選び方、そして異なる文化背景を持つ子どもたちを含む集団での読み聞かせにおいて実践できる具体的なテクニック、さらに絵本から発展させて子どもたちの学びを深める活動アイデアについて掘り下げていきます。これらの情報が、日々の保育実践の一助となれば幸いです。
「多様性」における文化背景の重要性
「多様性」という言葉は、性別、年齢、障がい、家族構成など、様々な側面を含みます。その中でも、「文化背景」は、子どもたちの言葉、習慣、食べ物、価値観、ものの見方など、日常の多くの面に深く関わっています。
子どもたちは、自分が育った家庭や地域の文化を自然と吸収して成長します。しかし、他の文化に触れたとき、違いに戸惑ったり、時には誤解が生じたりすることもあります。ここで大切なのは、違いを「優劣」や「間違い」として捉えるのではなく、「多様性」として、世界の豊かさを形作る要素として理解することです。
多文化共生とは、異なる文化を持つ人々が、互いの文化を尊重し、対等な関係を築きながら共に生きる社会の状態を指します。保育期において、絵本を通して様々な文化に触れ、違いを知り、そこから生まれる疑問や気づきを共有することは、将来子どもたちが多文化共生社会の一員として他者と関わっていく上での重要な基礎となります。特に、自身の文化が少数派である子どもにとっては、絵本の中に自分のルーツにつながる要素を見つけることが、自己肯定感や安心感につながることもあります。
多文化共生をテーマにした絵本の選び方
多文化共生をテーマにした絵本を選ぶ際には、以下の点を考慮することが有効です。
- 多様な文化を肯定的に描いているか: 特定の文化を珍しいもの、あるいは異質なものとしてではなく、自然な営みや生活の一部として肯定的に描いている絵本を選びましょう。
- ステレオタイプ化されていないか: 特定の文化や人々に対する固定観念や偏見を助長するような表現がないか注意が必要です。文化的なシンボルや習慣を描く場合も、それがその文化のごく一部であり、全てではないことを示唆するような、奥行きのある描写が望ましいです。
- 子どもたちの年齢や理解度に合っているか: 抽象的なテーマを扱っている場合でも、子どもたちが絵やストーリーを通して直感的に理解できる内容であるかを確認します。言葉遣いが難しすぎないか、ストーリー展開が複雑すぎないかなども考慮します。
- 特定の文化背景を持つ子どもへの配慮: もしクラスに特定の文化背景を持つ子どもがいる場合、その子の文化が絵本にどのように描かれているか、事前に確認し、必要であれば保護者の方に内容についてお伝えしたり、読み聞かせの際に特に配慮すべき点がないか相談したりすることも考えられます。
- 予算の制約を考慮した選び方: 多くのテーマを網羅することは理想ですが、予算には限りがあります。一つの絵本から、文化だけでなく、家族の形、感情、コミュニケーションの方法など、複数の多様性のテーマを読み取る視点を持つと良いでしょう。また、地域の図書館を活用することも有効な手段です。公共図書館には多様なテーマの絵本が多数所蔵されていることが多く、新たな絵本との出会いの場となります。
集団での読み聞かせテクニック:異文化理解を深める工夫
多文化共生をテーマにした絵本の読み聞かせでは、子どもたちが絵本の世界に集中し、そこから多様な文化や価値観に気づき、理解を深めるための工夫が重要です。
- 事前の準備: 読み聞かせをする前に、絵本に出てくる文化や習慣について、読み手自身が基本的な知識を持っておくことが大切です。子どもたちから質問が出た際に、簡単な言葉で説明できるよう準備しておくと、子どもたちの探求心をサポートできます。また、絵本によっては、特定の言葉や名前が出てくることがあります。正しい発音を事前に確認しておくと、より自然な読み聞かせにつながります。
- 声のトーン、表情、ジェスチャー: 絵本の世界観や登場人物の感情に合わせて、声のトーンや読むスピードに変化をつけることで、子どもたちは物語に引き込まれます。特に異文化を紹介する場面では、興味や尊重の気持ちが伝わるような、穏やかで温かいトーンを心がけると良いでしょう。絵や登場人物の様子を指差したり、簡単なジェスチャーを加えたりすることも、視覚的な理解を助けます。
- 子どもたちへの問いかけ: 絵本の内容について、子どもたちに優しく問いかける時間を設けることは、受け身になりがちな読み聞かせを、子どもたちの主体的な学びへと深めます。「この絵に出てくるお洋服、みんなが着ているものと違うかな?」「この絵のご飯は、何でできているのかな?」「絵本に出てくる〇〇(特定の文化のアイテム)について、何か知っていることはある?」など、子どもたちの経験や知識と絵本の内容を結びつけるような問いかけは効果的です。ただし、特定の文化背景を持つ子どもに対して、その子の文化に関する知識を尋ねるような、プレッシャーになる可能性のある問いかけは避けるなど、配慮が必要です。
- 違いを肯定的に伝える: 絵本の中で自分たちの文化との違いが出てきた際に、「違うね」「変わっているね」といった言葉だけでなく、「〇〇という文化では、△△なんだね」「いろんなやり方があるんだね、面白いね」のように、違いを多様性として肯定的に捉える言葉を添えることが重要です。
- 集中を促す環境づくり: 集団で絵本に集中するためには、読み聞かせを行う場所の環境も大切です。騒がしくない、落ち着いた空間を選び、子どもたちが絵本を見やすいように座る位置を工夫します。また、読み聞かせの時間を適切に設定し、子どもたちが疲れている時間帯を避けることも集中力を保つ上で有効です。
読み聞かせから広がる活動アイデア
絵本の読み聞かせで終わりにするのではなく、そこから発展させて様々な活動につなげることで、子どもたちの学びや多様性への理解をさらに深めることができます。
- 絵本の世界を再現する遊び: 絵本に出てくる国の衣装を模した布や小道具を用意して遊んだり、絵本に描かれている乗り物や建物を積み木などで再現したりする活動は、子どもたちの創造性を刺激し、絵本への関心を高めます。ただし、文化的な描写を扱う際は、尊重の念を持って取り組むことが重要です。
- 言葉や挨拶の紹介: 絵本に出てくる外国語の簡単な挨拶や、文化に関連する特徴的な言葉をいくつか紹介し、一緒に発音してみるのも楽しい活動です。例えば、様々な言語での「こんにちは」や「ありがとう」を知るだけでも、世界には多様な言葉があることに気づけます。
- 文化に関連した制作活動: 絵本に描かれている伝統的な模様を真似て塗り絵をしたり、その国の伝統的な食べ物を簡単に作ってみたり(アレルギー等に十分配慮が必要)、祭りや行事に関連する飾りを制作したりすることで、絵本の内容を体験的に学ぶことができます。
- 「わたしの〇〇」の共有: 絵本で異なる文化の生活に触れた後、「私の好きな食べ物」「私の家族の過ごし方」など、自分自身の「当たり前」と感じていることを言葉や絵で表現し、希望する子が共有する時間を持つことは、自己肯定感を育み、同時に他の子との違いに気づく機会となります。これは、自分の文化を大切にすることと、他者の文化を尊重することの両面を育む活動です。
- 保護者との連携: 可能であれば、クラスにいる多様な文化背景を持つ子どもの保護者の方に、絵本の内容に関連して、ご自身の文化について簡単な紹介をお願いしたり、民族衣装や伝統的な小物などを提供いただいたりすることも、子どもたちのリアルな理解につながり非常に有効です。
まとめ
多様な文化背景を持つ子どもたちが共に育つ保育現場において、絵本は世界への窓を開き、互いの違いを知り、認め合う心を育むための貴重な存在です。多文化共生をテーマにした絵本を適切に選び、集団での読み聞かせに工夫を凝らし、さらに絵本から広がる多様な活動を取り入れることで、子どもたちは自然と「ちがい」を豊かさとして捉え、他者への共感や尊重の気持ちを育んでいくでしょう。
絵本を通じた多様性への働きかけは、子どもたちが将来、多様な人々が共に生きる社会の中で、自分らしく、そして他者と共に歩んでいくための確かな土台となります。日々の保育実践の中で絵本の力を最大限に活かし、すべての子どもたちが安心して自分を表現し、互いを大切にできる温かい環境を育んでいくことが期待されます。