絵本で育む子どもの応答と対話:読み聞かせ後に多様な気づきを引き出す
多様な背景を持つ子どもたちが集まる保育現場において、絵本の読み聞かせは単なる楽しい時間にとどまらず、子どもたちの内面に働きかけ、豊かな気づきや学びを促す重要な機会となります。特に、多様性をテーマにした絵本は、子どもたちが自分とは異なる世界や価値観に触れ、共感や理解を深めるきっかけを提供します。
しかしながら、絵本を読み聞かせただけで、子どもたちが絵本の世界やテーマを自分事として捉え、多様性への理解を深めるのは容易ではありません。読み聞かせの後に、子どもたちの自然な応答を引き出し、建設的な対話を促すための工夫が必要です。絵本から広がる子どもたちの内面的な声を聞き取り、それを対話へとつなげることで、絵本が持つ可能性を最大限に引き出すことができると考えられます。
本記事では、多様性絵本の読み聞かせ後に、子どもたちの気づきや応答、そして対話を効果的に引き出すための具体的な方法について考察します。
なぜ読み聞かせ後の応答と対話が重要なのか
多様性をテーマにした絵本は、性別、文化、障がい、家族構成、感情、経験など、様々な「ちがい」や「共通点」を描いています。これらのテーマについて、子どもたちが絵本を耳で聞くだけでなく、自分自身の経験や感じ方と照らし合わせ、言葉にすることで、より深く理解が進みます。
読み聞かせ後の応答や対話は、子どもたちにとって以下のような重要な意味を持ちます。
- 自己表現の機会: 絵本の内容について自分の感じたことや考えたことを言葉にする練習になります。
- 他者理解と共感の促進: 友達の多様な見方や感じ方に触れることで、「自分とは違う考え方があること」を知り、互いを理解しようとする心が育まれます。
- 多様な価値観への気づき: 絵本で描かれる多様な状況や登場人物の行動を通して、世の中には様々な生き方や考え方があることに気づきます。
- 安心感と自己肯定感の向上: 自分の発言が受け入れられる経験は、安心感や「自分には考えていることがある」という自己肯定感につながります。
- 問題解決能力の育成: 絵本の中の出来事について、「もし自分だったらどうする?」「なぜ登場人物はそうしたのかな?」と考えることで、物事を多角的に捉え、解決策を模索する力が養われます。
応答を引き出すための絵本選びの視点
子どもたちの応答や対話を促すためには、絵本自体の選び方も重要です。多様性をテーマにした絵本の中から、特に子どもたちの心に響き、言葉や考えを引き出しやすい絵本を選ぶ視点をご紹介します。
- 共感しやすい登場人物: 子どもたちが感情移入しやすい、魅力的な、あるいは複雑な感情を持つ登場人物が登場する絵本は、読み聞かせ後の「なぜ?」「どうして?」という問いや、「もし自分だったら…」という想像を掻き立てやすい傾向があります。
- 多様な感情が描かれているか: 嬉しい、楽しいといった感情だけでなく、悲しい、怒り、不安、戸惑いなど、多様で複雑な感情が丁寧に描かれている絵本は、子どもたちが自身の内面と向き合うきっかけになります。
- 答えが一つではないテーマ: 物語の結末や登場人物の行動に対して、「こうでなければならない」という明確な答えがない絵本は、子どもたちが自由に想像したり、異なる意見を出し合ったりする余地を与えます。例えば、ある出来事に対する複数の登場人物の反応や、多様な解決策が示唆されるような絵本です。
- 視覚的な情報が豊かか: 絵から多くの情報が読み取れる絵本は、言葉だけでなく絵を通して子どもたちの気づきを促します。絵の細部や登場人物の表情などについて問いかけることで、対話が深まることがあります。
- 予算を考慮した活用: 予算に制約がある場合でも、一つの絵本から複数の多様性テーマを読み取ることを意識します。例えば、異なる文化の食事が描かれた絵本から、食事だけでなく、登場人物の服装、家族構成、感情など、様々な多様性の要素を読み解くことができます。また、地域の図書館を積極的に活用し、様々なテーマの絵本に触れる機会を増やすことも有効です。
読み聞かせ中の工夫:応答の「種」をまく
読み聞かせそのものの工夫も、その後の応答や対話につながる「種まき」となります。
- 声のトーンと緩急: 登場人物の感情や状況に応じて声のトーンや速さを変えることで、子どもたちは物語の世界に入り込みやすくなります。喜びや悲しみ、驚きといった感情を声で表現することで、子どもたちの感情的な応答を引き出しやすくなります。
- 表情とジェスチャー: 顔の表情や体のジェスチャーで、絵本の登場人物の気持ちや動きを表現します。視覚的な情報が加わることで、子どもたちの理解を助け、物語への没入感を高めます。
- 間合いの取り方: 重要な場面や、子どもたちに考えてほしい部分で意図的に間を取ります。これにより、子どもたちは絵や言葉をじっくりと見たり聞いたりする時間を持ち、自分の中で考えを巡らせるきっかけが生まれます。
- 過度な問いかけは控える: 読み聞かせの最中に頻繁に「これは何かな?」「どう思う?」といった問いかけをすると、物語の流れが途切れて集中力が途切れてしまうことがあります。読み聞かせ中は物語の世界を届けることに集中し、応答を促すための問いかけは読み聞かせ後に行うのが効果的です。読み聞かせ中は、絵本の特定の場面を指差したり、表情で共感を示したりするなど、軽い視覚的・非言語的な「種まき」に留めることが望ましいでしょう。
読み聞かせ後の対話を活性化する具体的な問いかけテクニック
読み聞かせが終わった後、子どもたちの応答や対話を自然に、そして豊かに引き出すための具体的な問いかけの方法をご紹介します。
- オープンエンディッドな問いかけを基本に: 「面白かった人?」のようなクローズドな問いかけだけでなく、答えが一つに定まらないオープンな問いかけを多く用います。「この絵本を読んで、どんな気持ちになった?」「このお話の中で、一番心に残ったのはどんな場面?どうして?」など、子どもたちが自由に考え、言葉を選べるような問いかけをします。
- 特定の場面や感情に焦点を当てる: 「〇〇ちゃんが△△と言われたとき、どんな気持ちだったと思う?」「この絵の□□の表情から、どんなことが分かるかな?」のように、絵本の具体的な場面や登場人物の感情に焦点を当てることで、子どもたちは考えやすくなります。
- 「もし自分だったら…」と問いかける: 絵本の登場人物の立場や状況に置き換えて、「もしあなたが〇〇くんだったら、どうする?」「△△の時に、あなたならどう感じる?」と問いかけることで、共感を促し、自分自身の考えや経験と絵本を結びつけるきっかけになります。
- 子どもたちの発言を丁寧に受け止め、広げる: 子どもが何か発言したら、「〜と思ったんだね」「そう感じたんだね」と一度その発言を肯定的に受け止めます。そして、「それはなぜかな?」「もう少し詳しく聞かせてくれる?」「他にはどう思うかな?」などと問い返すことで、対話を深め、他の子どもたちの発言も促します。否定的な言葉は避け、どのような発言も価値のあるものとして扱います。
- 多様な応答の形を認める: 全ての子どもが言葉で応答する必要はありません。うなずきや首を振る、絵本の特定の箇所を指差す、絵を描くことで気持ちを表すなど、言葉以外の応答も大切に受け止めます。安心して自分の感じたことを表現できる雰囲気作りが重要です。
- 問いかけの「正解」を求めない: 問いかけの目的は、子どもたちから多様な考えや感情を引き出すことです。「正解」や「模範的な答え」を求めるのではなく、子どもたちの自由な発想や率直な気持ちを大切にします。
- 時間と場所の配慮: 読み聞かせ後すぐに活発な対話が難しい場合もあります。少し時間をおいてから、「さっきの絵本のことで、何か思い出したことはある?」と問いかけたり、落ち着いたコーナーで少人数で絵本を見返しながら話す機会を設けたりするのも効果的です。
対話から広がる活動アイデア
読み聞かせと対話を通して深まった内容を、さらに発展させる活動は、子どもたちの理解を定着させ、表現力を育む上で有効です。
- 絵や表現活動: 絵本の登場人物の気持ちを絵に描いたり、物語の好きな場面や続きを想像して描いたりします。粘土で登場人物を作ったり、人形を使って絵本のシーンを再現したりするのも良いでしょう。
- 劇遊び: 絵本の登場人物になりきって、物語を演じてみます。役になりきることで、登場人物の感情や立場をより深く理解する機会となります。物語の一部をアレンジしたり、オリジナルの続きを作ったりするのも創造性を育みます。
- 話し合いやディスカッション: 絵本で描かれたテーマ(例えば、「ちがい」を受け入れること、困っている友達への接し方など)について、クラスの中で話し合う時間を持つこともできます。絵本の内容を自分たちの日常と結びつけて考えることで、社会性や倫理観の育成にもつながります。
- 関連する体験活動: 絵本の内容に関連した体験活動を行うことも、理解を深めます。例えば、異なる文化の食べ物が描かれた絵本を読んだ後に、簡単な異文化の料理を体験してみるなどです。
まとめ
多様性絵本の読み聞かせは、子どもたちが自分とは異なる世界や価値観に触れる貴重な機会です。そして、読み聞かせの後に子どもたちの応答や対話を丁寧に引き出すことは、その機会をさらに豊かな学びへと深化させます。
子どもたちが絵本を通して感じたこと、考えたことを安心して表現できる環境を整え、彼らの小さな気づきや言葉に耳を傾けること。そして、開かれた問いかけによって、多様な意見や感情が自然と共有される対話を促すこと。これらの実践は、子どもたちが互いを理解し、認め合いながら共に成長していく上で、かけがいのない土台となります。日々の読み聞かせの時間を、子どもたちの内面が広がり、互いの心がつながる温かい対話の時間へとつなげていくことを願っています。