絵本で育む子どもの感情表現と自己調整力:気持ちを理解し、表出を促す読み聞かせ
はじめに
保育現場では、子どもたちの様々な感情が日々あふれています。喜びや楽しみといったポジティブな感情だけでなく、怒り、悲しみ、不安といったネガティブに捉えられがちな感情も、子どもたちが成長する上で自然なものです。これらの感情を認識し、理解し、適切に表現・調整する力、いわゆる感情リテラシーを育むことは、子どもたちが健やかに社会生活を送る上で非常に重要になります。
特に、多様な背景を持つ子どもたちが集まる現代において、他者の感情を理解し共感する力、そして自身の感情を健全な形で表現・調整する力は、豊かな人間関係を築く基盤となります。絵本は、子どもたちが登場人物の感情に触れ、自身の感情と重ね合わせることで、このような感情の学びを深めるための有効なツールとなり得ます。
この記事では、絵本を通じて子どもの感情表現と自己調整力を育むための絵本選びの視点、実践的な読み聞かせテクニック、そして読み聞かせから発展させられる活動アイデアについてご紹介します。
多様性と感情理解の重要性
「多様性」は、性別、文化、障がい、家庭環境など様々な側面を含みますが、感情の現れ方やその表現方法もまた多様です。例えば、文化によって感情表現の許容範囲が異なったり、発達の特性によって感情の処理や表現に違いが見られたりすることがあります。また、家庭環境や過去の経験が、特定 の感情に対する反応パターンに影響を与えることもあります。
このような感情の多様性を理解することは、子どもたちが自分自身や他者の感情を受け入れる上で不可欠です。絵本は、様々な登場人物を通して、多様な感情の存在とその表現方法を自然な形で提示してくれます。絵本の世界で他者の感情に触れることは、現実世界で出会う多様な感情への理解と共感を育む第一歩となるでしょう。
感情をテーマにした絵本の選び方
子どもの感情表現と自己調整力を育むためには、どのような絵本を選ぶと良いのでしょうか。保育現場での活用を想定した絵本選びの視点をいくつかご紹介します。
1. 多様な感情を扱っているか
喜びや楽しみだけでなく、怒り、悲しみ、不安、恥ずかしさ、羨ましさなど、幅広い感情が描かれている絵本を選びましょう。一つの感情だけでなく、感情には様々な強さや種類があること(感情のグラデーション)を子どもが感じ取れる絵本も有効です。
2. 感情の原因や背景が描かれているか
なぜ登場人物はその感情になったのか、その原因や状況が丁寧に描かれている絵本は、子どもが感情と状況の関連性を理解する助けになります。また、子ども自身の経験と結びつけやすくなります。
3. 感情への対処法や行動が描かれているか
怒りや悲しみといった感情にどう向き合い、どのように表現したり、気持ちを切り替えたりするのかといった、感情への建設的な対処法が示唆されている絵本は、子どもが自己調整の方法を学ぶ上で参考になります。ただし、説教じみた内容ではなく、物語の中で自然に示されているものが望ましいです。
4. 子どもの発達段階に合っているか
複雑な感情や抽象的な表現は、まだ理解が難しい場合があります。子どもの年齢や認知発達段階に合わせた、分かりやすい言葉や絵で描かれている絵本を選びましょう。
5. 予算を考慮した活用
限られた予算の中で多様な絵本を揃えるのは難しいかもしれません。一つの絵本から様々な登場人物の感情を読み解く試みをしたり、図書館や地域の絵本貸し出しサービスを積極的に利用したりすることで、多様な感情を扱った絵本に触れる機会を増やすことが可能です。
集団向けの読み聞かせテクニック:感情に焦点を当てる
感情に焦点を当てた読み聞かせは、子どもたちが絵本の世界を通じて自身の感情や他者の感情について考える機会を提供します。集団での読み聞かせで効果的に感情を扱うためのテクニックをご紹介します。
1. 声のトーン、表情、ジェスチャーの活用
登場人物の感情に合わせて声のトーンや表情、ジェスチャーを変えることで、子どもはより直感的に感情を感じ取ることができます。怒っているときは低い声でゆっくり、嬉しいときは弾んだ声で明るくなど、メリハリをつけることで、子どもたちの感情への気づきを促します。
2. オープンエンドな問いかけ
絵本を読み進める中で、登場人物の気持ちについて子どもたちに問いかけましょう。「このとき、〇〇ちゃんはどんな気持ちだったかな?」「どうしてそう思ったのかな?」のように、答えが一つではないオープンエンドな質問を投げかけることで、子どもたちは自由に想像し、言葉にする練習ができます。「〜な気持ちになったんだね」と、子どもの答えを受け止め、感情の言葉を提示することも大切です。
3. 子どもの感情を受け止め、言葉にする
読み聞かせの途中で、子どもが絵本の登場人物の感情に共感したり、自身の経験を重ね合わせたりして、感情を表出することがあります。「怖いねって思ったんだね」「悲しくなっちゃったかな」のように、子どもが感じているであろう感情を言葉にして返すことで、子どもは自身の感情が認められたと感じ、感情を言葉で表現することを学びます。
4. 感情への対処法を話し合うきっかけ作り
絵本の中に登場人物が困難な感情に直面する場面があれば、「〇〇ちゃんはどうやって気持ちを落ち着かせたのかな?」「みんなだったらどうする?」といった問いかけを通じて、感情への対処法や自己調整の方法について話し合うきっかけを作ることができます。様々な考え方があることを共有する中で、子どもたちは自己調整のヒントを得る可能性があります。
5. 事前の準備と環境設定
絵本を読む前に、保育者自身が絵本の内容や登場人物の感情について理解しておくことが重要です。また、子どもたちが落ち着いて絵本に集中できるような場所を選び、リラックスできる雰囲気を作ることも、感情に寄り添った読み聞かせを行う上で助けになります。
絵本から広がる活動アイデア
読み聞かせで終わりではなく、絵本の内容を深めたり、子どもたちの感情表現を促したりする活動を組み合わせることで、学びはより豊かなものになります。
1. 感情カード・表情カード作り
絵本に登場する様々な感情の表情を描いたカードや、子ども自身の様々な表情を写真に撮ってカードにする活動です。カードを使って感情の名前を覚えたり、「今どんな気持ちかな?」と尋ねたり、絵本の登場人物の気持ちをカードで示したりすることで、感情の認識と言語化を助けます。
2. 気持ちの絵や言葉での表現
絵本で扱われた感情をテーマに、子どもたちがその気持ちを絵で描いたり、言葉で表現したりする時間を設けます。「嬉しい気持ちってどんな色?」「ドキドキする気持ちを絵にしてみよう」といった働きかけで、多様な表現方法があることを伝えます。
3. 感情すごろく・感情かるた
様々な感情や、感情が動く状況をマスや札にしたすごろくやかるた遊びです。遊びながら感情の名前や状況を学ぶことができ、集団で楽しむ中で他者の感情にも触れる機会が生まれます。
4. 劇遊び・ロールプレイング
絵本の一場面を再現したり、登場人物になりきって感情を演じたりする劇遊びやロールプレイングは、他者の立場になって感情を「体験」する貴重な機会となります。保育者がファシリテーターとなり、子どもたちが安心して感情を表現できる場を作りましょう。
5. 「お話し会」や「気持ちの共有タイム」
絵本の内容や、子どもたち自身の経験に基づいて、感情について自由に話し合う時間を持つことも有効です。「こんなとき、どんな気持ちになる?」「悲しいとき、どうすると元気になる?」といった問いかけから、感情の多様性や対処法について共有し合います。
おわりに
絵本は、子どもたちが多様な感情の世界に触れ、自身の感情を理解し、豊かに表現・調整する力を育むための素晴らしい入り口となります。読み聞かせの時間を単に物語を聞かせるだけでなく、感情に寄り添い、子どもたちの内面に働きかける機会として捉えることで、子どもたちの心の成長をより深く支えることができるでしょう。
この記事でご紹介した絵本の選び方や読み聞かせテクニック、活動アイデアが、日々の保育実践の一助となれば幸いです。絵本を通じて、子どもたちが自分の気持ちを大切にし、他者の気持ちに寄り添える、豊かな感情を持った人間に成長していくことを願っています。