絵本で学ぶコミュニケーションの多様性:声、表情、ジェスチャーで広がる読み聞かせの世界
はじめに
子どもたちの周りには、様々な背景や個性を持つ人々がいます。クラスの中でも、言葉での表現が得意な子ども、そうではない子ども、また、言葉以外のサインで気持ちを伝えようとする子どもなど、コミュニケーションの方法は実に多様です。このような多様なコミュニケーションのあり方を理解し、尊重することは、子どもたちが互いを認め合い、安心して自己表現できる環境を育む上で非常に重要です。
絵本は、子どもたちが多様な世界に触れる入り口となるだけでなく、コミュニケーションの多様性を肌で感じるための優れたツールでもあります。物語の中の登場人物たちは、言葉だけでなく、表情や声のトーン、体の動きなど、様々な方法で感情や意思を伝えています。絵本を読み聞かせる大人の側も、声や表情、ジェスチャーといった非言語的な表現を用いることで、絵本の世界をより豊かに届け、子どもたちの多様な反応を引き出すことが可能です。
この記事では、絵本が育むコミュニケーションの多様性について掘り下げ、特に集団向けの読み聞かせにおいて、声、表情、ジェスチャーをどのように活用できるのか、具体的なテクニックを紹介します。また、絵本の読み聞かせを起点とした、子どもたちの表現を引き出す活動アイデアについても提案します。これらの実践が、クラスの子どもたちが多様なコミュニケーションを学び、互いを理解し合う一助となれば幸いです。
コミュニケーションの多様性とは
コミュニケーションは、単に言葉を交わすことだけではありません。私たちが普段行っているコミュニケーションには、以下のような多様な側面が含まれています。
- 言語的コミュニケーション: 話し言葉、書き言葉など、言葉そのものを用いたコミュニケーションです。
- 非言語的コミュニケーション: 言葉以外の手段を用いたコミュニケーションで、以下のような要素が含まれます。
- 声: 声のトーン、大きさ、速さ、イントネーションなど。言葉の意味だけでなく、話し手の感情や意図を伝える重要な要素です。
- 表情: 顔の表情は、喜び、悲しみ、怒り、驚きなど、内面的な感情をストレートに表します。
- ジェスチャー/身体言語: 手の動き、体の姿勢、視線など。言葉を補ったり、言葉にならない思いを伝えたりします。
- 間(ま): 話の途中の沈黙や、言葉と言葉の間の時間も、意味を持つことがあります。考える時間を与えたり、感情の余韻を残したりします。
- 物理的距離: コミュニケーションをとる相手との距離感も、関係性や状況によって変化し、無意識のうちにメッセージを伝えています。
子どもたちのコミュニケーションも、この多様な側面に満ちています。まだ言葉が十分でない乳幼児期はもちろん、言葉が発達してからも、子どもたちは表情や声、体の動きでたくさんのメッセージを発しています。また、発達の特性などにより、言葉によるコミュニケーションよりも、非言語的なサインで表現することを得意とする子どももいます。
このようなコミュニケーションの多様性を大人が理解し、子どもたちの多様な表現を受け止めることは、子どもたちが「自分は受け入れられている」「自分の表現には価値がある」と感じ、自己肯定感を育む上で極めて重要です。
絵本が育むコミュニケーションの多様性
絵本は、その構成要素自体がコミュニケーションの多様性を内包しています。
- 絵: 登場人物の表情や仕草、背景の描写は、言葉では語られない感情や状況を伝えます。視覚的な情報は、言葉の理解が難しい子どもにも届きやすく、物語への没入を促します。
- 文章: 言葉遣い、リズム、繰り返しなどは、物語の雰囲気や感情を豊かに表現します。文章の抑揚やスピードの変化は、読み聞かせにおいて重要な役割を果たします。
- 音・リズム: 擬音語や擬態語、繰り返されるフレーズなどは、音の響きやリズムとして子どもたちの感覚に直接働きかけます。
- 構成・レイアウト: ページのめくり方、絵と文章の配置、文字の大きさなども、読み聞かせのリズムや物語の展開に影響を与えます。
読み聞かせを行う大人が、これらの絵本の要素を意識し、自身の声や表情、ジェスチャーを組み合わせて表現することで、子どもたちは絵本の世界をより深く体験し、多様なコミュニケーションのあり方を自然と感じ取ることができます。
集団読み聞かせにおける実践テクニック:声、表情、ジェスチャーの活用
集団への読み聞かせでは、全ての子どもたちが絵本の世界に引き込まれ、多様なコミュニケーションに触れる機会を設けることが重要です。声、表情、ジェスチャーの効果的な活用は、子どもたちの集中を高め、物語への共感を深める助けとなります。
1. 声の活用
声は、物語の雰囲気を作り出し、登場人物の感情を伝える最も直接的なツールです。
- 声のトーン・大きさ・速さの変化: 物語の展開や場面に応じて、声のトーン(高い・低い)、大きさ(大きい・小さい)、速さ(速い・ゆっくり)を変えます。例えば、怖い場面では声をひそめ、楽しい場面では明るく弾んだ声にするなどです。これにより、言葉の意味だけでなく、その背後にある感情や緊張感を伝えることができます。
- 登場人物の声色: 登場人物ごとに少し声色を変えることで、誰が話しているのかを分かりやすくし、物語に立体感を持たせます。ただし、過度な演じ分けよりも、それぞれのキャラクターらしさ(例:おっとりした動物、元気な子どもなど)を意識した自然な変化が望ましいでしょう。
- 間(ま)の効果的な活用: 重要な場面や、子どもに考えさせたい場面で、意図的に間をとります。絵をじっくり見せる時間、次の展開を想像させる時間、感情を味わう時間として機能します。
- 擬音語・擬態語の表現: 「ドキドキ」「わくわく」「しいん」といった言葉は、その響きやリズムを活かして表現します。声の大小や長さを工夫することで、より感覚的に伝えることができます。
2. 表情の活用
大人の表情は、物語への共感や感情表現の豊かさを子どもたちに伝える鏡となります。
- 絵本の登場人物や情景に合わせた表情: 登場人物が笑っている場面では一緒に笑顔に、悲しんでいる場面では少し眉をひそめるなど、絵本の内容に合わせた表情を見せます。これにより、言葉の意味を表情が補強し、子どもたちは感情移入しやすくなります。
- 子どもたちの反応への応答としての表情: 読み聞かせ中、子どもたちの表情(驚き、笑顔、考え込んでいる様子など)を捉え、それに応じた表情を返すことも有効です。「へえ、そう思ったんだね」といった言葉と共に、頷きや優しい眼差しを向けることで、子どもたちは自分の反応が受け入れられていると感じ、安心して読み聞かせに参加できます。
- 絵本から顔を上げた時の表情: ページをめくる際など、一時的に絵本から顔を上げて子どもたちに視線を送る際、優しい笑顔や、物語の続きへの期待感を込めた表情を見せることで、集団との一体感を高めます。
3. ジェスチャー/体の動きの活用
ジェスチャーは、物語の動きや情景を視覚的に伝え、子どもたちの注意を引きつけます。
- 物語の動作を模倣: 登場人物が走る、飛ぶ、隠れるといった動作を、手や体で軽く模倣します。これにより、言葉だけでは伝わりにくい動きのイメージを共有できます。
- 情景描写の補足: 大きさや形、場所などを説明する際にジェスチャーを使います。「こんなに大きな木」「ずーっと遠くまで」といった表現に合わせて手の動きを加えます。
- ページめくりの工夫: 次のページへの期待感を高めるように、ゆっくりと、あるいは効果的な「間」の後にページをめくります。この時の手の動きも、視覚的な演出の一部となります。
- 子どもたちの反応への応答としてのジェスチャー: 子どもが何か指差したり、小さく頷いたりした際に、同じように指差したり、大きく頷き返したりすることで、言葉によらないコミュニケーションに応答します。
4. 事前の準備と環境設定
- 絵本の読み込みと練習: 声、表情、ジェスチャーを効果的に使うためには、事前に絵本を何度も読み込み、どの部分でどのような表現を使うかイメージしておくことが大切です。実際に声に出して練習することで、自然な表現が可能になります。
- 子どもたちの様子を観察できる位置: 全ての子どもたちの表情や反応を見渡せる位置に座る、または立つようにします。子どもたちの様子に合わせて、読み聞かせのペースや表現を調整するためです。
- 絵本が見やすい工夫: 絵本を高く掲げすぎず、前列の子どもだけでなく後列の子どもからも絵がよく見えるように角度を調整します。絵本を固定する台などを使うのも一つの方法です。
- 静かで落ち着ける環境: 子どもたちが読み聞かせに集中できるよう、周囲の音を減らし、落ち着いた雰囲気を作ります。照明を少し落とすなどの工夫も有効です。
絵本から広がる活動アイデア:多様な表現を引き出す
読み聞かせで絵本の世界を共有した後は、そこからさらに多様なコミュニケーションや表現を引き出す活動に繋げることができます。
- 絵本の登場人物になりきって「声」と「動き」を真似てみよう: 絵本の中で印象的だった登場人物を選び、そのセリフを言ってみたり、物語の中での動き(例:「うさぎさんのぴょんぴょん」「ぞうさんのしのしの」)を真似てみたりします。声のトーンや表情、ジェスチャーの変化を楽しむ活動です。
- 絵本に出てくる「音」を表現してみよう: 絵本の中の擬音語や擬態語(例:「ザーザー」「わいわい」)を、声だけでなく、手拍子や足踏み、カスタネットなどの簡単な楽器を使って表現してみます。音の大きさや速さの変化をつけて、多様な表現を楽しみます。
- 絵を見て「どんな気持ちかな?」を考えて、表情やジェスチャーで表してみよう: 声を出して言葉にするのが難しい子どもでも参加しやすい活動です。絵本の一場面を指差し、「この子、どんな気持ちかな?」と問いかけ、言葉ではなく表情や体の動きで示してもらうよう促します。「嬉しい気持ちはどんな顔?」「困った時はどんなポーズ?」など、ヒントを出しながら行います。
- 絵本の好きな場面を「体で表現」してみよう: 絵本のクライマックスや、子どもが特に印象に残った場面を、言葉を使わずに体全体で表現してもらいます。一人ずつ前に出てきてもらったり、数人で協力して一つの場面を作ったりするのも面白いでしょう。他の子どもたちは、それが絵本のどの場面か、どんな気持ちを表しているのかを想像します。
- 「もし〇〇だったら?」絵本の世界を広げるごっこ遊び: 絵本の登場人物や舞台設定を使って、簡単なごっこ遊びに発展させます。「もし自分がこの動物だったら、どうする?」「もしこの場所に自分が行ったら、何をしたい?」など、絵本の世界を自分の経験と結びつけ、多様な役割や状況になりきる中で、自然なコミュニケーションが生まれます。
これらの活動は、高価な教材を用意する必要はなく、絵本一冊あれば実践可能です。図書館を活用したり、普段読んでいる絵本を別の視点から読み直したりすることで、予算の制約の中でも豊かな活動を展開できます。
まとめ
絵本は、子どもたちが多様な世界を知るだけでなく、コミュニケーションの多様性を学び、自身の表現を豊かにするための貴重な機会を提供してくれます。声、表情、ジェスチャーといった非言語的な要素を意識した読み聞かせは、子どもたちの集中力を高め、物語への共感を深めるだけでなく、子どもたち自身の多様なコミュニケーションのあり方を肯定的に捉えることにも繋がります。
読み聞かせから広がる活動は、子どもたちが絵本で感じたことを言葉や体で表現する機会となり、互いの感じ方や表現方法の違いを知り、認め合う学びの場となります。クラスの子どもたちの多様な反応や表現を大切に受け止め、一人ひとりのペースや方法に寄り添いながら、絵本の時間を楽しんでいきましょう。この経験が、子どもたちが自信を持って自分の気持ちや考えを表現し、他者の多様なコミュニケーションを理解する土台となることを願っています。