多様性絵本で深める子どもたちの自己肯定感と他者理解：保育実践への活用ステップ
はじめに
現代の保育現場には、さまざまな個性や背景を持つ子どもたちが集まります。一人ひとりの子どもが安心して自己を発揮し、他者を尊重しながら共に育ち合うためには、自分自身を肯定する気持ち（自己肯定感）と、自分とは異なる他者の存在や価値観を理解し受け入れる力（他者理解）を育むことが重要です。
絵本は、子どもたちが多様な世界や感情に触れ、自己と他者について考えるための豊かな機会を提供します。多様性をテーマにした絵本を効果的に活用することで、これらの力を自然な形で育むことが期待できます。ここでは、多様性絵本を通じた自己肯定感と他者理解の育み方に焦点を当て、具体的な絵本の選び方、読み聞かせのテクニック、そしてそこから広がる保育実践のステップをご紹介します。
多様性が子どもたちの成長にもたらす影響
多様性とは、単に性別、年齢、文化、障がいといった目に見える違いだけでなく、家族構成、経済状況、価値観、感じ方、得意なことや苦手なことなど、一人ひとりが持つ固有の性質や経験の多様性を指します。子どもたちがこのような多様性に触れることは、以下のような点で成長に不可欠です。
- 自己肯定感の育み: 様々な人がいることを知ることで、「自分はこのままで良いのだ」という安心感や自信につながります。自分の個性や背景を肯定的に捉える基盤となります。
- 他者理解と共感: 自分と違う考え方や感じ方、状況にある人がいることを知ることで、他者への関心や想像力が育まれます。これにより、相手の気持ちに寄り添う共感性が深まります。
- 固定観念からの解放: 多様な生き方や考え方に触れることで、「こうあるべき」といった固定観念にとらわれず、柔軟な思考を育むことができます。
- 社会性の発達: 違いを認め合い、共に生きていくためのコミュニケーション能力や協調性が育まれます。
絵本は、安全な環境でこれらの多様性に触れるための第一歩となります。様々な登場人物の視点を通して、子どもたちは自然と自己と他者について考える機会を得ます。
自己肯定感と他者理解を育む多様性絵本の選び方
多様性絵本を選ぶ際には、単に多様なテーマが描かれているかだけでなく、保育現場で活用しやすいか、子どもたちの発達段階に合っているかといった視点も重要です。特に自己肯定感と他者理解を育むためには、以下のポイントを参考に絵本を選ぶことができます。
- 「自分と同じ」を見つけられる絵本: 自分の性別、肌の色、髪型、家族構成、好きな遊びなどが登場人物と似ている絵本は、子どもに安心感を与え、「自分と同じような人がいる」という共感や自己肯定感につながります。
- 「自分と違う」に触れられる絵本: 自分とは異なる文化、生活習慣、体の特徴、感じ方を持つ登場人物が出てくる絵本は、他者への興味や理解の入り口となります。違いを否定的にではなく、豊かさとして描いている絵本を選びましょう。
- 多様な感情が描かれている絵本: 喜び、悲しみ、怒り、不安など、様々な感情が丁寧に描かれている絵本は、子ども自身が自分の感情に気づき、名前をつける助けになります。また、他者の感情に気づき、共感する力を育みます。
- 固定観念を問い直す絵本: 性別役割、職業、外見などに関する固定観念に疑問を投げかけたり、多様な可能性を示唆したりする絵本は、子どもたちの視野を広げます。
- 年齢・発達段階に合った表現: 抽象的な概念は避け、具体的なエピソードや分かりやすい言葉、絵で表現されているかを確認しましょう。
- 予算を考慮した選び方: 限られた予算の中で多くの絵本を揃えることは難しい場合があります。一つの絵本から複数の多様性のテーマを読み取る、地域や園の図書館、公共図書館を活用するといった方法も有効です。多様なテーマを網羅的に購入するのではなく、まずは特定のテーマから入り、徐々に広げていくことも考えられます。
集団での読み聞かせで自己肯定感と他者理解を深めるテクニック
集団での読み聞かせは、子どもたちが互いの反応を共有し、多様な感じ方に触れる貴重な機会です。自己肯定感と他者理解を育むためには、絵本の内容だけでなく、読み聞かせ方にも工夫が必要です。
- 共感を引き出す声と表情: 登場人物の感情や状況に合わせて声のトーンや表情を変えることで、子どもたちは物語の世界に入り込みやすくなります。悲しい場面では少し声を小さく、嬉しい場面では明るい声で読むなど、感情のニュアンスを伝えましょう。
- 適切な「問いかけ」の活用: 読み聞かせの途中や後に、子どもたちに問いかけをすることで、受動的な姿勢から能動的な関わりへと促します。「この子、どんな気持ちかな？」「どうしてそう思ったのかな？」といった、登場人物の気持ちや行動の理由を想像させる質問は、共感性を育みます。また、「あなただったらどうする？」「もしあなたがこの子と同じだったら？」など、自分自身に引きつけて考えさせる問いかけは、自己との関連付けを深めます。
- 多様な反応の受容: 子どもたちから返ってくる答えは様々です。期待した反応と違っても、否定せずに「なるほど、〇〇ちゃんはそう感じたんだね」と受け止め、価値判断をしないことが重要です。一人ひとりの感じ方や考え方を尊重する姿勢は、子どもたちが安心して自分の意見を表現できる環境を作ります。
- 「違い」を認め合う雰囲気作り: 絵本の中で描かれる「違い」について触れる際は、「違うことは面白いね」「みんな違ってみんないい」といった肯定的なメッセージを伝えるように心がけましょう。子どもたちが自分の「違い」も肯定的に捉えられるようになります。
- 事前の準備と環境設定: 絵本の内容を読み込み、伝えたいメッセージを明確にしておくこと。また、子どもたちが絵本に集中できるよう、騒がしくない場所を選び、ゆったりと座れるスペースを確保することも大切です。絵本の絵が見やすいように、子どもの人数に合わせて読む位置を調整しましょう。
読み聞かせから発展させる保育活動アイデア
絵本の読み聞かせは始まりにすぎません。読み聞かせで触れたテーマをさらに深め、子どもたちの自己肯定感と他者理解を育むための活動へとつなげることができます。
- 「きもちビンゴ」や「きもちカルタ」: 絵本に出てくる様々な感情の名前や表情を図や言葉で示し、それに気づいたら印をつける、または札を取るゲーム。自分の感情や他者の感情に気づく練習になります。
- 「わたしのすきなところ」「あなたのいいところ」シェア: 読み聞かせた絵本の内容（例：自分を好きになる話、友達と助け合う話）に関連させて、子どもたち自身が自分の好きなところや、友達の良いところを発表し合う時間を持つ。自己肯定感と他者への肯定的な関心を育みます。
- 絵本の世界を表現する活動:
- 登場人物の絵を描く際に、「もしこの子が〇〇だったら、どんな顔をするかな？」など、感情や状況を想像させる言葉を添える。
- 絵本の一場面を簡単な劇にして演じる。役になりきることで、登場人物の気持ちや立場を体験的に理解します。
- 絵本に触発された自由な造形活動やごっこ遊び。多様な素材を用意し、子どもたちが自由に表現できる場を提供します。
- テーマに沿った話し合いの場: 絵本の内容に関連して、「みんなと違うって、どんな気持ちがするかな？」「友達が困っていたら、どうして助けてあげたくなるんだろう？」など、オープンエンドな質問で話し合いを促します。子どもたちの多様な意見が出ることを奨励し、それぞれの考えを尊重します。
- 「ありがとう」や「ごめんね」を伝える練習: 絵本の中で共感的な行動や思いやりが描かれている場面を取り上げ、日常生活の中で感謝や謝罪の気持ちを言葉で伝えることの大切さを学びます。
これらの活動は、絵本で触れた抽象的なテーマを子どもたちの具体的な経験や表現につなげ、学びを定着させる効果があります。
まとめ
多様な背景を持つ子どもたちが共に過ごす保育現場において、多様性絵本の活用は、子どもたちの自己肯定感と他者理解を育む上で非常に有効な手段です。一人ひとりが「自分は大切な存在である」と感じ、同時に「自分とは違う他者もまた大切な存在である」と理解することは、豊かな人間関係と健やかな心の成長の基盤となります。
絵本選びにおいては、子どもたちの興味や発達段階に合ったものを選びつつ、自己肯定感と他者理解を促す視点を取り入れることが重要です。また、集団での読み聞かせにおいては、声や表情、適切な問いかけを通して子どもたちの共感を引き出し、多様な感じ方や意見を尊重する雰囲気作りが不可欠です。さらに、読み聞かせを起点とした多様な活動を取り入れることで、絵本で得た気づきを子どもたち自身の表現や他者との関わりへと発展させることができます。
これらの実践を通して、子どもたちが違いを恐れず、自分も他者も大切にできるような、あたたかく包容力のある保育環境を築くことが期待されます。