多様性絵本で育む「ちがい」への理解:障がいをテーマにした絵本の選び方と読み聞かせ
多様な世界を生きる子どもたちと絵本
現代の保育現場には、実に多様な背景を持つ子どもたちが共に生活しています。文化や言語、家族構成、そして一人ひとりの個性や特性はさまざまです。こうした「ちがい」を認め合い、共に生きる態度は、これからの社会で子どもたちが豊かに育つ上で不可欠なものです。
しかし、「ちがい」の中には、子どもたちにとって理解が難しかったり、どう関わってよいか戸惑ったりするテーマも存在します。特に「障がい」については、どのように子どもたちに伝え、共に理解を深めていくかが課題となることがあります。絵本は、そのような難しいテーマを子どもたちの心に届く形で、優しく、具体的に伝える非常に有効なツールとなり得ます。
本記事では、障がいを多様性の一側面として捉え、その理解を深めるための絵本の選び方や、子どもたちの共感や自然な受け入れを育む読み聞かせのテクニックについてご紹介します。
多様性としての「障がい」を理解することの重要性
人間の個性や特性は多岐にわたります。背が高い低い、絵を描くのが得意不得意、活発でおとなしいなど、あらゆる「ちがい」の集合体が一人ひとりの人間です。「障がい」もまた、そのような多様な特性の一つとして捉えることができます。
幼い頃からさまざまな「ちがい」があることを知り、それを自然なこととして受け入れる経験は、子どもたちが成長する過程で偏見を持つことなく、他者と関わるための基礎となります。障がいを持つ子どもたちにとっても、自身の特性が否定されるのではなく、ありのままの自分として受け入れられる経験は、自己肯定感を育む上で非常に重要です。
絵本を通じて、障がいのある人々の生活や気持ちに触れることは、単なる知識の習得に留まらず、他者への想像力や共感性を育むことにつながります。これは、インクルーシブな社会の実現に向けた大切な一歩となります。
障がいをテーマにした多様性絵本の選び方
障がいをテーマにした絵本を選ぶ際には、いくつかの視点を持つことが大切です。限られた予算の中で、子どもたちにとって最も有益な絵本を見つけるためのポイントをご紹介します。
- 多様な障がいを描いているか: 身体障がい、知的障がい、発達障がいなど、障がいにはさまざまな種類があります。特定の種類の障がいに偏らず、多様な障がいを持つ人々が登場する絵本を選ぶことで、子どもたちの理解を広げることができます。
- 人物描写の適切さ: 登場人物が、障がいを持つことだけが際立った「特別な子」としてではなく、一人の子どもとして、あるいは一人の人間として生き生きと描かれているかを確認します。その子の個性や日常、喜びや悲しみといった感情に焦点が当てられている絵本は、子どもたちが共感しやすくなります。
- 偏見やステレオタイプを助長しないか: 過度に「かわいそう」と同情的に描いていたり、特定の能力や行動パターンを決めつけたりするような表現がないか注意が必要です。障がいそのものよりも、その人が周囲とどのように関わっているか、どのような工夫をして生活しているかに焦点を当てた絵本が良いでしょう。
- 物語の質と芸術性: テーマが優れていても、物語として面白くなかったり、絵の力が弱かったりすると、子どもたちの心には響きにくい場合があります。絵本の持つ本来の魅力、つまり物語の楽しさや絵の美しさも重要な選択基準です。
- 子どもの年齢や発達段階との適合性: 抽象的な表現が多い絵本は、幼児には理解が難しい場合があります。具体的な生活の様子や、子ども同士の関わりを描いた絵本など、クラスの子どもたちの理解度や関心に合った絵本を選びましょう。
- 予算の制約の中で: 全てのテーマの絵本を揃えるのは難しいかもしれません。一つの絵本から多様な視点を見出す工夫をしたり、図書館や地域のサービスを積極的に活用したりすることで、多様な絵本に触れる機会を増やすことができます。
子どもたちの理解を深める読み聞かせテクニック
障がいをテーマにした絵本は、その内容を子どもたちが深く理解し、共感できるよう、読み聞かせの際にいくつかの工夫を取り入れることが有効です。集団向けの基本的な読み聞かせテクニックに加えて、以下の点を意識してみましょう。
- 事前の準備と内容の理解: 読み聞かせをする前に、絵本の内容を十分に理解し、絵本が伝えたいメッセージを明確に把握しておくことが大切です。子どもたちがどのような疑問を持つ可能性があるか、どのように答えるのが適切かをある程度想定しておくと、読み聞かせ中に落ち着いて対応できます。
- 穏やかで自然なトーンで: 特別なテーマだからといって、過度に感情を込めたり、深刻な雰囲気を出したりする必要はありません。普段通りの穏やかで自然なトーンで読むことで、子どもたちは絵本の世界に安心して入っていくことができます。
- 絵と言葉以外の情報: 絵本によっては、登場人物の表情や仕草、背景の描写などが大切な情報を伝えています。言葉だけでなく、絵が伝えていることを指差したり、簡単なジェスチャーを加えたりすることで、子どもたちの理解を助けることができます。
- 「間」と問いかけの活用: 物語の中で、登場人物の気持ちが変化する場面や、子どもたちが何かを感じたり考えたりしそうな場面では、意図的に「間」をとってみましょう。そして、「この子、どんな気持ちかな?」「どうしてこうなったのかな?」といった問いかけを優しく投げかけることで、子どもたちの思考や共感を促します。ただし、答えを強制するのではなく、子どもたちの自由な発想や感情を受け止める姿勢が大切です。
- 補足説明の必要性: 絵本に出てくる障がいに関する描写や、子どもたちにとって馴染みのない場面については、必要に応じて分かりやすい言葉で簡潔に補足説明を加えることを検討します。しかし、専門的すぎる解説は避け、子どもたちが絵本の世界を楽しむことを妨げないように配慮します。
- 子どもたちの反応を受け止める: 読み聞かせ中や後に、子どもたちから素朴な疑問や率直な感想が出てくることがあります。「どうして歩けないの?」「目がみえないってどういうこと?」といった問いには、ごまかしたり叱ったりせず、絵本の内容に即して、あるいは子どもたちの理解できる範囲で丁寧に答えます。感じたことや考えたことを安心して表現できる雰囲気を作ることが重要です。
絵本から広がる共生を学ぶ活動アイデア
絵本の読み聞かせは、そこで終わりではありません。絵本の内容をさらに深め、子どもたちの多様性への理解と共生意識を育むための活動へと発展させることができます。
- 絵本の感想を話し合う: 読み聞かせの後、子どもたちが絵本を読んで感じたこと、考えたことを自由に話せる時間を設けます。「〇〇ちゃんは、この絵本を読んでどう思った?」「どこが面白かった?」「どこが難しかった?」など、具体的な問いかけから始め、子どもたちの言葉を引き出します。
- 登場人物になりきってみる: 絵本に出てくる人物の気持ちを想像し、簡単なロールプレイングやごっこ遊びをしてみることも有効です。ただし、これは障がいのある方の困難さを「体験」することが目的ではなく、あくまで登場人物の感情や状況に寄り切って考える練習として行います。
- 「みんなの得意なこと」を共有する: 絵本を通じて「ちがい」があることの自然さを学んだら、クラスの子どもたち一人ひとりの「得意なこと」や「好きなこと」を共有する活動を行います。絵に描いたり、発表したりすることで、互いの個性や多様性を肯定的に捉える機会を設けます。
- 絵本の世界を表現する: 絵本の内容や好きな場面を絵に描いたり、粘土で作ったりするなど、子どもたちの得意な方法で絵本の世界を表現する活動は、理解を深めるだけでなく、自己表現の機会ともなります。
- 関連する情報に触れる: 絵本の内容に関連して、障がいのある方が使う道具(点字ブロック、手話、車椅子など)について、写真や簡単な説明で紹介することも考えられます。ただし、これは子どもたちの関心に合わせて、無理なく行うことが大切です。
絵本が紡ぐ「ちがい」を大切にする心
障がいをテーマにした絵本とそれを通じた働きかけは、子どもたちが多様な人々と共に生きる社会のメンバーとして成長していく上で、かけがえのない学びの機会となります。絵本は、子どもたちの心に「ちがい」があることの自然さ、そして互いを尊重し、助け合いながら生きていくことの大切さを優しく語りかけます。
読み聞かせの時間を通じて、子どもたちが他者の立場に思いを馳せ、共感する心を育み、そして自分自身のことも大切に思えるようになることを願います。絵本は、そのための扉を開く鍵となり、保育士の皆様の温かい関わりが、子どもたちの世界をさらに豊かに広げていくでしょう。