『ちがい』から生まれる葛藤に寄り添う：多様性絵本で育む子どもの共感と対話力
はじめに
子どもたちが集団の中で過ごす時間において、一人ひとりの持つ個性や背景の違いから、小さな摩擦や誤解が生じることは自然なことです。価値観や考え方、感じ方の多様性は、集団生活を豊かにする一方で、子どもたちにとっては時に戸惑いや葛藤の原因となることもあります。このような状況で、どのように子どもたちの気持ちに寄り添い、多様性を認め合いながら問題を乗り越える力を育んでいくかは、保育現場における重要な課題の一つと言えるでしょう。
絵本は、子どもたちが他者の気持ちを想像したり、様々な視点があることを知ったりするための有効なツールです。特に多様性をテーマにした絵本は、自分とは異なる「ちがい」を肯定的に捉え、そこから生まれる葛藤に対してどのように向き合えば良いのかを考えるきっかけを与えてくれます。本記事では、「ちがい」から生じる子どもたちの葛藤に寄り添い、共感や対話の力を育むための多様性絵本の活用法と、集団での読み聞かせテクニックについて解説します。
「ちがい」から生まれる子どもの葛藤と絵本の役割
子どもたちの間で起こる葛藤は、遊び方の違い、使いたいものの違い、意見の対立など、様々な形で現れます。これらの多くは、それぞれの個性や育ってきた環境、その時の感情など、多様な要因に根差しています。子どもたちはこうした経験を通じて、他者との関係性を学び、社会性を身につけていきます。
絵本は、このような子どもたちの経験に寄り添う上で大きな役割を果たします。 * 多様な視点の提示: 絵本は、登場人物それぞれの立場や感情を描くことで、「ちがい」があること、そしてその「ちがい」から様々な考えや感情が生まれることを子どもたちに伝えます。 * 共感の促進: 物語の中で登場人物が経験する喜びや悲しみ、戸惑いなどに触れることで、子どもたちは他者の気持ちを想像し、共感する力を育みます。 * 安全な環境での経験: 絵本の世界で描かれる葛藤やその解決の過程は、子どもたちが現実の状況を客観的に見つめ直し、自分自身の経験と重ね合わせるための安全な空間を提供します。
葛藤解決と共感育成に役立つ絵本の選び方
「ちがい」から生まれる葛藤への寄り添いや共感・対話力の育成に焦点を当てた絵本を選ぶ際には、以下の視点を考慮すると良いでしょう。
- 多様な「ちがい」を描いているか: 性別、文化、障がいだけでなく、意見や感情、得意なこと・苦手なことなど、身近な生活の中で子どもたちが直面しやすい様々な「ちがい」が描かれている絵本を選びます。
- 葛藤や困難な状況が描かれているか: 単に多様な存在を紹介するだけでなく、多様性ゆえに生じるかもしれない困難や誤解、そしてそれを乗り越えようとする登場人物の姿が描かれている絵本は、子どもたちが葛藤解決のプロセスを理解する助けになります。
- 登場人物の感情が丁寧に描かれているか: 登場人物が自分の気持ちをどのように感じ、どのように表現するかが具体的に描かれている絵本は、子どもたちが感情を理解し、言葉にする練習になります。
- 解決へのヒントが含まれているか: 対話を通じて理解し合う、妥協点を見つける、助け合うなど、建設的な解決への道筋が示唆されている絵本は、子どもたちが現実の葛藤に対処するためのヒントを得るのに役立ちます。
- 予算の制約を考慮する: 新しい絵本を多数購入することが難しい場合でも、既存の絵本の中から上記の視点に合うものを選び直したり、図書館を活用したりすることが可能です。一つの絵本から、登場人物の行動の背景にある「ちがい」や、そこから生じる感情の動きなど、多角的に読み取ることで、葛藤や共感のテーマに触れることができます。
集団読み聞かせにおける実践テクニック
集団での読み聞かせは、子どもたちが絵本の世界を共有し、共に考え、感じる貴重な機会です。特に「ちがい」や葛藤をテーマにした絵本の場合、以下のテクニックを取り入れることで、子どもたちの共感や対話を引き出しやすくなります。
- 事前準備と環境設定: 絵本の内容を事前に理解し、伝えたいポイントを整理しておきます。読み聞かせの場所は、子どもたちが絵本に集中し、落ち着いて聞けるような環境を整えます。子どもたちが読み手の表情を見やすい配置も有効です。
- 声のトーンと緩急: 物語の場面や登場人物の感情に合わせて、声のトーンや大きさ、話す速さを変えます。これにより、子どもたちは登場人物の気持ちや物語の緊迫感をより感じやすくなります。葛藤が描かれている場面では、少しゆっくりめに読んだり、登場人物の心の声を表現したりすることで、子どもたちの共感を引き出します。
- 表情とジェスチャーの活用: 読み手の表情や体の動きは、言葉以上に感情を伝えます。登場人物の感情や行動を表現する際に、適度な表情やジェスチャーを取り入れることで、子どもたちの理解を深めます。
- 適切な「問いかけ」の挿入: 物語の区切りや、特に葛藤や感情の動きが描かれている場面で、子どもたちに考えさせる問いかけを挟みます。「この子はどう思っているのかな？」「どうしてこんな気持ちになったんだろう？」「もし〇〇だったら、どうする？」といったオープンな問いかけは、子どもたちが登場人物の立場になって考え、共感や対話のきっかけを作ります。ただし、問いかけが多すぎると物語の流れが途切れるため、適切なタイミングを見計らうことが重要です。
- 沈黙の活用: 子どもたちが登場人物の気持ちや状況について考える時間を与えるために、意図的に短い沈黙を挟むことも有効です。
読み聞かせから広がる活動アイデア
絵本の読み聞かせを単なる一方通行の行為で終わらせず、さらに子どもたちの理解や表現を引き出す活動へと発展させることで、「ちがい」への理解や葛藤解決の力をより深く育むことができます。
- 絵本の内容についての話し合い: 読み聞かせ後、絵本の中で最も印象に残った場面や、登場人物の気持ちについて、子どもたち自身の言葉で話し合う時間を設けます。「なぜその場面が気になったの？」「登場人物の〇〇の気持ち、どんな気持ちだったのかな？」など、具体的な質問をすることで、子どもたちの気づきを引き出します。
- 役割遊びや劇遊びへの展開: 絵本の登場人物になりきって、物語の場面を演じたり、その後の展開を想像したりする活動です。登場人物の気持ちや立場になって行動することで、他者への共感を深めます。葛藤が生じた場面を再現し、絵本とは異なる解決策を子どもたち自身が考え、演じてみるのも良い経験になります。
- 絵本に関連した製作活動: 絵本のテーマや登場人物に関連した絵を描いたり、粘土で表現したりする活動です。「もし、あの絵本の子が元気になったら、どんな顔をするかな？」「『ちがい』って、どんな色をしていると思う？」など、抽象的なテーマを形にする試みは、子どもたちの内面的な理解を深めます。
- 「わたしとあなた」の共有: 絵本で描かれた「ちがい」を入り口に、クラスの子どもたち自身の「ちがい」（好きな色、得意なこと、家族のことなど）を互いに話し、認め合う時間を設けます。安全な雰囲気の中で自分のことを話し、友達のことを聞く経験は、相互理解と肯定感につながります。ただし、プライベートな情報に関わる場合は、子どもたちの意思や家庭の意向を尊重し、強制にならないよう細心の注意が必要です。
まとめ
多様性をテーマにした絵本は、単に様々な存在を紹介するだけでなく、子どもたちが集団生活で直面するであろう「ちがい」から生まれる葛藤にどのように向き合い、乗り越えていくかを学ぶための貴重な機会を提供します。絵本を通じて他者の気持ちを想像し、多様な視点に触れる経験は、子どもたちの共感力や対話力を育み、将来にわたって他者と良好な関係を築いていくための基盤となります。
絵本の選び方や読み聞かせの工夫、そして読み聞かせから発展する活動を通して、子どもたちが「ちがい」を恐れるのではなく、豊かな個性として受け入れ、互いを尊重し合いながら共に育ち合えるよう、絵本の時間を積極的に活用していくことが期待されます。これらの実践が、子どもたちの内面に豊かな共感と対話の力を育む一助となれば幸いです。